間欠力学系の確率論的な極限定理 世良 透
自然現象や社会現象の中で,しばしば間欠現象というものが観察されます.間欠現象とは,何らかの系が長期的には安定挙動を示すけれども,時折不安定挙動に変化し,その後すぐにまた安定挙動に戻る,という一連の流れを繰り返すという現象を指します.そして多くの場合,安定挙動の持続時間はべき乗則に従うと考えられています.間欠現象の具体例としては,熱対流における安定的な層流から不安定的な乱流への間欠的遷移,量子ドットや生体分子の間欠的発光,金融市場における間欠的な価格変動などが挙げられます.
PomeauやMannevilleはこのような間欠現象を記述する数学的モデルとして間欠力学系を考察しました.現在ではこのモデルは数学・統計物理学の観点から広く研究されています.間欠力学系とは主に,中立不動点(微分係数1の不動点)を持つような非一様拡大的な区間写像fの反復合成\(x, f(x), f(f(x)), \dots \)による離散力学系を指します.間欠力学系の軌道は長時間中立不動点に密着しますが,時折中立不動点を離れ短期的にカオス的な振る舞いを見せた後,再び中立不動点に密着する,という意味で間欠性を有しています.
一般に力学系を研究する上で,定常状態への収束などを論ずるエルゴード理論は非常に有用です.しかし間欠力学系の中には,通常のエルゴード理論の枠組みには収まらない,絶対連続不変測度が確率測度に正規化できず無限測度になってしまうようなものもあります.これは物理的には非平衡系を考えているということに相当します.この場合,Birkhoffのエルゴード定理(大数の法則に相当する定理)では間欠力学系の長時間挙動を上手く捉えることはできません.それでもなお確率論における更新理論の類推によって,間欠力学系に初期分布を与えた下での様々な確率論的な極限定理が研究されてきました.例えば,複数の中立不動点への滞在時間割合に関する逆正弦法則や,中立不動点遠方への滞在時間に関するダーリング・カッツ型の極限定理,十分大きい時刻において中立不動点遠方に滞在している確率の精密評価などが挙げられます.
また最近では古典的な更新理論のみならず,一次元拡散過程の周遊理論の類推から,間欠力学系に対する逆正弦法則の多次元化やその関数型拡張が得られています.間欠力学系と一次元拡散過程は出自などは全く異なりますが,両者とも更新が起こるまでの時間間隔が典型的にはべき乗則に従うなど類似する点が多く,後者の研究手法を前者に転用することがしばしば可能です.逆に,間欠力学系で既知となっている確率評価の類推から,一次元拡散過程の確率評価を考察するということも考えられます.このような間欠力学系と一次元拡散過程の学際的な研究が近年進んでいます.