確率偏微分方程式 星野 壮登

自然科学では様々な現象を微分方程式で記述します.微分方程式の解は初期値や外的パラメータを与えれば一意的に決まりますが,現実に観測される現象は必ずしもそうではありません.例えば水面に浮かぶ微粒子はBrown運動という不規則なジグザグ運動をしますが,これは水中の水分子が絶えず熱運動をしていて,微粒子が水分子と衝突しながら運動しているためです.原理的には水分子の動きを全て解析すれば微粒子の軌跡は分かるかもしれませんが,無数個の運動方程式を解くというのは現実的ではありません.そこで正確に値を決定することが難しい,あるいはできない量を「不確実なもの」として捉え,確率論的な項(ノイズ)を組み込んだ微分方程式を考えます.定義域が1次元(例えば時間変数のみ)の場合は確率微分方程式,多次元(例えば時間と位置)の場合は確率偏微分方程式と呼ばれます.

このようなノイズを含んだ方程式で問題になるのが,解の正則性(解の変動の滑らかさや粗さ)です.例えばBrown運動は「連続だが至る所微分不可能な関数」であることが知られており,通常の微分積分法を適用することができません.定義域が多次元の場合はさらに厄介で,正則性が負の関数(超関数)が解として現れたりします.超関数同士の積は一般には定義できません.そのため,未知関数の積を含んだ「非線形確率偏微分方程式」は解の意味すら定義することができなくなってしまいます.

ラフパス理論とその発展形

確率微分方程式は伊藤清の「確率積分」により解析ができますが,その解はノイズに対して連続ではないことが知られています.これに対してLyonsはノイズの拡張概念である「ラフパス」を導入し,確率微分方程式の解をラフパスからの連続写像として記述することに成功しました.この考え方を「ラフパス理論」と言います.このラフパス理論を確率偏微分方程式に拡張したのが,Hairerの「正則構造理論」とGubinelli, Imkeller, Perkowskiの「パラ制御解析」です.このような新理論が登場したことで,KPZ方程式,\(\Phi^4_3\)方程式,放物型Anderson模型といった重要な確率偏微分方程式の解析が可能になりました.

これらの理論が扱っているのは「積が定義できるような超関数が持つ構造をどう定義するか」です.正則構造理論とパラ制御解析ではこの構造の記述方法が異なっており,それぞれに利点があります.正則構造理論を使うと,超関数の積や積分を取る操作を何回も反復して得られる複雑な構造を持つ解を,Hopf代数の言葉を使って簡潔に記述できます.一方,パラ制御解析はよく知られた調和解析の理論に基づいているので,Euclid空間だけでなく多様体などの一般の空間でも展開できます.この二つの理論の関係性を深く考察し,さらに発展させていくことが現在の研究目標の一つです.

確率偏微分方程式の解の大域的性質

現在盛んに研究されている確率偏微分方程式として,KPZ (Kardar-Parisi-Zhang)方程式と\(\Phi^4_3\)方程式があります.KPZ方程式は界面のランダムな成長を表すモデルとして考案され,無限粒子系のモデルとも深く関係しています.\(\Phi^4_3\)方程式は超関数空間の上のある確率測度の時間発展を記述するモデルとして考案され,その平衡状態の一意性や対称性などの性質が研究されています.確率偏微分方程式の一般論からは解の時間局所的一意存在しか分からないので,このような具体的な方程式では解の大域的性質を示すのが次の目標になります.例えば私はこれまで,多成分KPZ方程式や\(\exp(\Phi)_2\)方程式などのモデルで解の大域的存在や不変測度の存在を示してきました.このように統計物理や場の理論などで現れる具体的なモデルの解析に興味を持っています.