BOOK REVIEW
「共分散構造分析 [応用編] -- 構造方程式モデリング --」
豊田秀樹著 朝倉書店 (2000) 303頁

「行動計量学」に出版予定

「共分散構造分析 [応用編] -- 構造方程式モデリング --」
豊田秀樹著 朝倉書店 (2000) 303頁
大阪大学大学院人間科学研究科
狩野 裕

日本の共分散構造分析研究の第一人者による書下ろしである.同シリーズの[入門編],北大路書房から出版の[事例編]と合わせて3部作となる.さらに,[理論編]の出版も予定されている.

日本の社会科学に本格的に共分散構造分析を紹介したのが豊田氏による「SASによる共分散構造分析(東大出版)」と「原因を探る統計学(講談社)」であった.これらの書籍は1992年に発行され,共分散構造分析の普及に大いに貢献し,ユーザーの統計解析のレベルを向上させた.本書はその先を目指す読者に,唯一のそして最適な解説書である.

本書の章立ては以下のとおりである.1. 方程式モデルの表現; 2. 因子分析法; 3. 実験データの解析; 4. 時系列解析; 5. 行動遺伝学; 6. 上限と下限のあるデータの分析; 7. テスト理論; 8. パス解析; 9. 非線形・交互作用モデル; 10. 多相・直積モデル; 11. 潜在構造分析; 12. 潜在曲線モデル; 13. 2段抽出モデル; A. 線形代数 (中級編); B. Q & A; C. ソフトウェア.

共分散構造分析はその名のとおり,母集団の共分散行列に構造が仮定されたモデルである.構造とは,数学的にいえば,分散や共分散のあいだに何らかの関数関係が規定されていることをさす.関数関係は分析者が想定した因果モデル---構造方程式(Structural Equation)---から導かれることが多い.一方,潜在変数の平均も分析対象とすることがある.潜在変数の平均は母集団の平均ベクトルを構造化する.このモデルは平均・共分散構造モデルと呼ばれ(図1を参照),共分散構造分析という名称で一括りにすると誤解を招く.最近では,因果モデルを表現する構造方程式から「構造方程式モデル(SEM)」と呼称されることが多い.以上のことは本書の冒頭に書かれている.

さて,共分散構造分析の端的な表現は「潜在変数間のパス解析」である.本書は「そうではない」と主張する.より正確には,「それだけではない」という主張である.[応用編]はこのコンセプトの下で進んでいく.なお,豊田氏の[入門編]では主に「潜在変数間のパス解析」が解説されている.「潜在変数間のパス解析」を超えた分析は以下の3つに区分できるだろう: (i)従来の分析と共分散構造分析との統合,(ii) マニアックなプログラムが必要とされたモデルの共分散構造分析フレームワークへの取り込み,(iii) 第2世代の共分散構造分析.(i) の例としては,共分散構造分析と実験計画法,共分散構造分析と時系列解析,共分散構造分析と項目反応理論などがあり,本書ではこれらのすべてが解説されている(最後のものは7.テスト理論で解説).(ii) の例は,多相・直接モデルや潜在構造分析である.第2世代の共分散構造分析とは,主に90年代以降に発展させられたモデルであり,非線形モデル・交互作用モデル,潜在曲線モデル,2段抽出モデルなどがある.また,離散潜在変数のモデル化も(iii)に属し,この意味で,潜在構造分析は(iii)の例と言ってもよい.第2世代の共分散構造分析に大きく寄与したのが Bengt Muthen の M-Plus というプログラムである.本書もその影響を受けている.

このように,本書は,「潜在変数間のパス解析」を超えた統計モデルを網羅したものであり,世界的にも本書のような文献は見当たらない.新しい分析方法の紹介という位置付けの邦書には,いくつかの外国文献を寄せ集めただけというものが多いだけに,本書の評価は高い.英訳して出版する価値は十分にあると思われる.

先に,「共分散構造分析から構造方程式モデルへ」ということを書いた.それは平均構造を解析するモデルが開発されたからという理由であった.この事実をプログラムの観点からみるならば,モデルファイルとして共分散構造自身を指定していた時代から構造方程式を入力する時代になったと解釈することもできる.そして,構造方程式で記述できるモデルは「潜在変数間のパス解析」と言い換えることができよう.「潜在変数間のパス解析」を超える分析とは,構造方程式で記述できない,もしくは,記述しにくいモデルを指す(図2を参照).「共分散構造分析から構造方程式モデルへ」ということがユーザーフレンドリーなプログラムの提供につながった.それは,重要な共分散構造モデルが構造方程式によって記述できるという「発見」によるものであった.しかし,構造方程式によって(簡単に)記述できるモデルは平均・共分散構造モデルの一部であり,そして,構造方程式を超える部分に重要な発展があったということを指摘したのが本書であるとも言えよう.図2では@とAの部分である.

付録BのQ & A も興味深い.共分散構造分析をしたことのある読者なら,ここで解説された質問に遭遇したことは想像に難くない.質問内容は本書についてではなく[入門編]の内容が主である.この意味でも本書は,[入門編]を読破された読者に最適であるといえよう.付録Cには本書で紹介された分析についてプログラムファイルが用意されている.本書で自習する読者には貴重な情報である.

最後に,豊田氏の本を執筆する際の姿勢についてふれておきたい.同氏はこの本の執筆中にその内容について大阪大学でセミナーをされた.また,氏は脱稿から半年程度おいて原稿を出版社に持ち込む.その間,講義で使ったり,関連する研究者に原稿を送ったりして意見を聞いている.書籍であれ論文であれ,第三者の意見を聞くことは極めて重要である.論文の出版には査読というプロセスがあるが本にはそれがない.完成度の高い文献を提供することは読者への責任として当然のことであるが,一般には原稿の締め切りに追われその責任を果たせないことがある.豊田氏の姿勢を見習いたいものである.


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