学生とのダベリング

筑波大学数学系 狩野 裕


−−院生Aのセミナー終了後、K先生の
 研究室にて
A:昨日、阪神(タイガース)また負け
 ましたね。
−−ゼミでいじめられた院生、反撃に出
る
K:昨日は湯舟が悪い。オマリーや野田
 は、いる球団まちごうとる。バースも
 モルツ呑んでる場合やない。もうあれ 
 から10年も経ってしもうた。
A:こちらでは阪神のテレビ中継あまり  ありませんね。 K:そうや、全く無い。ときどき横浜−  阪神などの中継があるが、あれは阪神  を中継してるんやなく横浜を中継して  るんや。そうそう、授業料免除どうな  った。 A:ダメでした。年収の基準はクリアし  たけど、院試の成績があまりよくなか  ったのが原因らしいです。 A:それは残念やな。全免は無理でも、  半免はくると思っていたが...去年  まで会社で働いていたんやから院試で  現役と比べられたらそりゃ不利やな。  筑波大学はいち早く社会人に門戸を開  いたけど、入学者に対するケアが少な  いような気がする。まあ、筑波に限ら  ずどこの大学でも同じやろうけど。 A:半期で20万円越えますから、どう  やって捻出するか、路頭に迷っていま  す。 K:20万円か。高くなったもんやな。  大学が大衆化した今、受益者負担の原  則からすると仕方ない面もある。ただ、  教育の機会均等という観点からみると、  授業料の値上げは、授業料免除と奨学  金の制度の充実と一体でないといかん。 A:どうして私のように真に困窮してい  る者が授業料免除にならないのでしょ  うか? K:その理由は、院試の成績の他に2つ  ある。1つは収入証明の問題だ。標準  的なサラリーマン家庭で例えば年収3  00万円というとかなりきつい。でも、  この程度年収があるとまず授業料免除  にならない。一方、免除を認められた  学生の中にはわりと裕福に見える者も  いる。免除になったから車でも買おう  か、などという話も聞こえてくる。2   つ目は社会人特別選抜入学者への対応  の問 題だ。当初、おそらく企業派遣  を多く見込んでいたのではないか。し  かし、実際多くの場合、君のように会  社を辞めて大学院に入学する。そのよ  うな場合、親からの援助を求められな  いことが多い。つまり、親は高齢で年  金生活者であったり、もう一人前にし  たという意識もある。一方社会人を経  験した学生は精神的に自立している。  ストレートに来た学生より、社会人経  験者の方が経済的に恵まれていないの  だ。 A:申請書には確か親の年収が800万  円を越えるとダメと書いてましたけど。 −−ノックの音−−学群生Bがやって来 る B:先生、回帰分析ってどうやってやる  んですか? K:ちゃんと授業出とるか。教育実習の  間のノートどうした。 B:きちんと写しました。ほら。 K:うむ。コピーじゃなく手書きか。立  派なもんや。 B:(中古車の)マークUの値段と年代  のデータを調べて、直線を求めたんで  すけど。これ、大変だったんですよ。 K:仮説H:β=0の検定はやったか。  ノートにちゃんと書いてあるやろ。 B:そこまでやるんですか。 K:もちろん。 −−Bは机の上にあったチェリーを食べ 始める。ノックの音。院生Cがやって来る C:忙しそうですね。先生。 K:それイヤミか。 C:この前のレポートの件ですけど... K:あれな、full rank のときは2行で  証明できる。 C:ええ! 2行ですか!もう、2週間  も考えているんですけど。 A:Cさんは恵まれていますね。ストレ  ートだし自宅から通って、車もあるし。  やっぱり寄り道をした人は不利ですね、  日本では。 K:大学の姿勢の問題だ。社会人経験者  はストレートで来た学生とは違った学  業に対するmotivationを持っている。  また、大学を(日本)社会の1つとし  て客観的に見ることができる。ストレ  ートに来た学生に与える影響も大きい。  均質な社会のなかに異質が混じること  により、素晴らしいアイデアが出るこ  とだってある。このような点を認める  からこそ筑波大学は早くから社会人に  門戸を開いたのだと思う。社会人を院  生として迎えるとき3つのケースがあ  る。1つ目は、職業人を対象にする(  夜間)大学院で、ポイントは開講場所  だ。最近はホテルで講義するところも  あるとか。このケースに対しては筑波  大学はかなり早くから対応している。  2つ目は企業派遣で来るケース。以上  は会社から給料が出ているから問題は  ない。最後が君のように会社を辞めて  くるケースだ。彼らはストレートに来  た学生よりも経済的に恵まれていない  ということを考慮の上、授業料免除や  奨学金の配分を決めるなど何か根本的  な対応が必要だ。奨学金はどうなって  る? A:第1種はダメで、2種の結果待ちで   す。 K:奨学金はもっと総額を増やさないと  いけないと思う。世界的に見て日本は  教育投資はあまり多くない。初等教育  にはまずまずの予算を割いているもの  の高等教育は誠に貧弱だ。教育は初等  教育ほど、また、先進国より発展途上  国ほど効果が高いことはよく知られて  いる。しかし、先進国の仲間入りをし   た日本では、近視眼的にはあまり効果  が無いと見えるかもしれないが、50  年いや100年先を見越してそのよう  なところに投資をしておくべきではな  いか。 −−Bはチェリーを食べ尽くす B:では、失礼します。 −−研究室を立ち去ろうとするBに対して K:レポートの締め切りは3日後だぞ! A:先生のとこには学生がよく来ますね。 K:まあ、コーヒーやお菓子があるから。 A:ビールもね。 K:研究に関する質問も多いけど、進路  相談や旨いお好み焼きの話、TeX の出  力をしてくれだの、時には恋の話もあ  る。本を借りに来る学生も多いから、  このあいだ貸出し簿を作った。 A:恋の話ってどんなんですか? K:プライベートな問題だから...ま  あ、学生とコミュニケイトするのは、  時間とるけど仕事の一部だからね。と  ころでC君は(就職で)大阪へ行く心  の準備はできたか? C:いやあ、まあ... K:最初は苦労するかもしれんな。大阪  弁に慣れるだけでも大変や。こないだ  も関西には白ネギが無いといってわめ  いてたやろ。 C:先生は大阪弁が抜けませんね。 K:抜く気全然無いからな。今年こそ阪  神タイガースが... C:モルツ呑んで川藤選手頑張ってます  しね。松見池が待ってますよね、もし  優勝したら。 K:ん?まだ覚えていたか。ちょっとマ  ズイな。首位まで12ゲーム。今年は  大丈夫かもしれんな、残念だけど。 −−と今日もダベリングが続くのである。 (かのゆたか 数理統計学専攻)


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