21世紀は行動計量学の時代である

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21世紀は情報と宗教の時代といわれる.情報とは「コンピュータ」である.宗教 を「こころ」ととらえれば,「コンピュータ」+「こころ」=「計量心理学」であ る.宗教を「社会」ととらえれば,「コンピュータ」+「社会」=「計量社会学」 である.つまり,21世紀は行動計量学の時代である.
 戦後,計量的方法が脚光を浴びたのは工業の分野であった.いわゆる品質管理(QC, Quality Control) である.「安かろう悪かろう」と言われた made-in-Japan の工業製品が,「Japanese といえば高品質・高性能製品の代名 詞」と言われるまでになったのは,主に米国で開発された統計的品質管理(SQC) を適用することで,不良品を減らし安定した(ばらつきの少ない)製品を作ること に成功したからである.品質管理の分野では,現在,全社的品質管理 (TQC) や 総合的品質管理(TQM) へと,対象をモノだけでなくヒトや社会を巻き込んだ形へと 発展している.
 近年,計量の分野で大きな柱になっているのは生物統計学である.喫煙と肺がんの 関係を探る疫学研究や,最近のトピックでいえば,マスコミをにぎわせたO−15 7の原因同定などが分かりやすい.O−157の例では, 原因同定された物質から菌が見出され なくとも,計量的方法で結論が下される.医学・生物統計学の主なテーマは因果分 析といえるが,究極の目的は,ヒトの生活の質(QOL)を向上させることではな いか.QOL研究はターミナルケアの文脈で語られることが多いが人生全体にわ たっての問題である.QOLは行動計量学の主要テーマである.
 現象を理解するためにモデルが作られる.モデル化によって捨象された部分は「誤 差」となる.「誤差」が大きすぎるモデル構築は意味をなさないし,「誤差」が小 さい現象は計量分析をするまでもない.計量的方法が力を発揮するのは, 現象の背景にある理論がある程度は整備されているが,依然として不透明な部分が 多い状況である.つまり,学問が進歩し,そのような状況になった分野から 計量的方法が注目されるのである.対象がモノである分野では, そのような時期は比較的早めに訪れる. 工業でのQCや生物統計学の隆盛はこの意味で納得できる.
 では,21世紀の計量はどのような分野に焦点が当てられるのであろうか.それ は,冒頭で述べたように,ズバリ行動計量学であると予想する.理由は二つある. 一つ目は,21世紀の科学や文化はヒトを抜きにして語ることができなくなる ことである. モノを対象にしてきたQCもヒトや社会を対象とするTQCやTQMにたどり着く.医学・ 生物学研究の究極の基準変数はQOLである.
 二つ目の理由は,今まで行動計量学がそれなりに扱ってきた分野での基礎理論が, 来世紀には更に発展すると期待されることである.心理学・ 教育学・社会学などでの計量的方法は,道具立てが少ないこれらの分野では,それ なりに成果をあげてきたのは事実である.しかし,方法論者からの批判は少なくな い.上記で述べた「誤差」が大きすぎるという批判である.しかし,私は, これらの分野の基礎理論の発展が,計量的方法がより活躍できる分野にする のではないかと考えている.そして,計量的方法によってその理論が さらに発展させられることを期待している.
 自然科学の中枢である生命科学,遺伝子操作,クローン羊や牛,体外受精, 臓器移植などの分野でも,当面確立すべき技術が達成されると, 研究対象はヒトに移る. このような分野でも,行動計量学がどのような貢献ができるか,また,貢献を するためには,行動計量学の基礎をささえる統計学に加えてどのような方法論を発 展させないといけないのか.21世紀に向けてその価値が試されている.


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