丘本 正 先生の御逝去を悼む

[読みものページへもどる] 猪原正守(大阪電気通信大学)
永田 靖(早稲田大学)
狩野 裕(大阪大学)
日本統計学会名誉会員の丘本正先生が平成18年12月14日の夕刻に亡くなられました。享年83歳でした。告別式は18日宝塚平安祭典会館にてしめやかに執り行われ、丘本先生を偲んでご親族と卒業生を中心に多数の方々が参列されました。

丘本先生は大正12年大阪市にお生まれになりました。東京大学理学部数学科をご卒業後、大阪大学の大学院を修了されました。昭和29年に大阪大学理学部助手として採用され昭和38年に基礎工学部教授に就任し推計学講座を24年間担当されました。大阪大学を停年後は追手門学院大学経済学部教授として同大学の発展に力を注がれました。この間、先生は教育・研究に情熱を傾けられ、専門とする数理統計学、特に多変量解析の分野において国内外に大きな影響を及ぼされました。

丘本先生は、「大学教員の職責は研究・教育・普及であるが私は教育により重点を置きたい」というのが信条でした。私たちが先生の期待に応えているかどうかはともかく、30名を超える卒業生が大学で教鞭をとっています。先生の大学院生の研究に対する指導の厳しさは、退官近くには和らいだとはいえ、筆舌に尽くしがたいものがありました。私たちがその厳しさの裏側に潜むやさしさに気付くのは後年になってからでした。

丘本先生は、研究テーマに関して院生の自主性を重んじられました。そのため、卒業生の研究分野のスペクトルの広がりも特筆すべきことではないかと思います。実際、卒業生の専門は、多変量解析、時系列解析、ノンパラメトリック法、統計的推測理論、データ解析、各種のモデル論、確率解析、品質管理、生物統計学など、極めて多様です。あるとき、丘本研究室の研究テーマについて、「ベクトルに喩えるといろいろな方向を向いている」と言われた丘本先生は「ベクトルの和はゼロです。ベクトルの和がゼロでも、ベクトルの長さの和はとても大きいと思っている」とにこやかにお答えになりました。私たちが研究室を巣立った後もいつも研究の進捗状況を気にしてくださいました。統計学会の年会などで丘本研究室出身者の講演数を数えて、その数が少ないときには檄を飛ばされることもありました。

丘本研究室の研究指導は主に月曜日にスケジュールされた3つの研究セミナーと修士課程の1年生と2年生のゼミでした。月曜セミナーは一番オフィシャルのもので、近隣の統計学者もたくさん出席し、時には学外や外国人の著名研究者の講演を聴くことができました。M2以上の学生は少なくとも年に一度の発表が義務付けられていましたが、順番が回ってきたときは緊張の一瞬でありました。他の二つはMAGと称された多変量解析のセミナーとSSSと呼ばれたノンパラメトリックスと統計推測理論のセミナーでした。これら三つのセミナーを終えると月曜日は疲れ果てていましたが、講演者や院生、若手の先生方と議論の続きをしたり、時には大挙して石橋へ飲みに出かけたりすることもありました。 丘本先生は、OBや院生との研究を離れた交流も大切にされ、年2回のボウリング大会(俗称:丘本杯)を開催されました。また、年2回のハイキングや院生のソフトボール大会に若手の先生方と院生が一緒になって参加することなどにも積極的で、これらの後の会食でも楽しいひとときを過ごされました。会食後は8時半ごろに帰宅されることが多かったと記憶していますが、それは、院生や若手研究者間のコミュニケーションが進むようご配慮なさっていたのではないかと思います。このように、丘本研究室での生活は厳しくもあり楽しくもありました。研究室の卒業生が、現在、仲良く付き合っているのは、丘本先生の指導力と包容力のお蔭であることは間違いありません。

丘本先生のご研究を紹介します。先生の研究では、まず、漸近展開による誤判別率の評価を挙げることができます。本研究は、線形判別関数による誤判別確率を漸近展開の手法を導入することにより高い精度で評価することを可能にしました。その後、この研究は漸近展開の基本文献として広く引用され、多変量解析の諸統計量の分布を評価する有力な手法の一つに位置づけられており、多くの日本人統計学者がその手法の発展に関わり多変量解析の研究で世界的に貢献する契機を与えました。先生はアイオワ州立大学に客員教授として招聘され、共変量のある場合の誤判別確率と尤度に基づく判別の誤判別評価の研究により博士論文の指導を行い、先生が開発した漸近展開の手法の有用性を世界的に知らしめました。

先生は、主成分分析や因子分析の研究でも独創的な業績を残しておられます。先生は主成分分析をデータ行列の特異値分解として捉え、個体と変量に関して中心化を行うか行わないかによって特異値分解がどのように影響を受けるかを詳しく研究し、この結果は実験計画法の分野にも大きく貢献しました。因子分析に関する研究は、因子分析モデルの母数推定アルゴリズムの開発、初期推定値に関する提言、不適解の研究にまとめられます。因子分析法は医学、心理学等で盛んに応用されているにもかかわらず、解を求めるための有効なアルゴリズムがありませんでした。従来の母数推定アルゴリズムは反復解法の非収束や不適解という不安定性があり、理論的に不備な面が多く有用性に疑問がもたれている手法でありました。先生らが開発した部分ガウスニュートン法はこれらの欠点を克服するアルゴリズムであることが高く評価されました。さらに、因子分析法の推定について最尤法と最小二乗法を統一的に論じ、また、繰り返し計算における初期値の選択法の提案と数値実験によるその検証を行い、因子分析法の有用性を示すのに大きく貢献されました。

因子分析の研究では、丘本先生は東京のある学派と意見を異にしていました。そのようなことは珍しくはありませんが、先生は、個人的に議論はせず学会大会の場で公明正大に議論するという立場を最後まで崩すことはありませんでした。形式的な議論が多い中、丘本先生のセッションにはその激論を見るため多くの大会参加者が集まったことは、つい最近のように思い出されます。

先生は、多変量解析における標本分散共分散行列の固有値に関する基本命題をエレガントに証明され,それは基本文献として長く引用されています。また、対応分析(数量化法)や母数間の関係を推測する関数関係模型、構造関係模型における推定量や予測量の構成にも力を注ぎ従来の方法を上回る効率の良い手法を開発しておられます。

以上のような統計学に関する貢献に対して平成10年に日本統計学会賞が贈られました。また、日本科学技術連盟において品質管理や多変量解析の普及にあたり産業現場での統計学の問題の研究開発にも貢献されました。平成12年には国家や公共に対する功労が顕著であると認められ勲三等を授与されました。

丘本先生は私たちの前ではいつも快活でした。後年奥様に「主人は体が弱くて...」と伺い意外な感じを受けました。多くの後進を育てた師匠としてご無理を重ねられていたのかもしれません。先生のご冥福を心よりお祈りします。

以上


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