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「統計学パラダイムの変換に向けて」

From: Masamori IHARA 
To: Yutaka KANO 
Date: Sat, 30 Oct 1999 14:24:26 +0900

狩野裕 様

 含蓄のあるパラダイム論、共同研究論を拝読いたしました。
二つの観点から感想を述べます。

1)統計学教育について

 基本的に大学1年生で教育される統計学とは何であろうか?
高等学校で教育される予定になっていながら、その本質が教育
されているとはいえない現状で、「順列・組み合わせにはじま
る確率論の基礎=数理統計学」という視点からいかほど前進し
た内容が講義されているであろうか? 少なくとも本学の統計
学を講義している先生方の多くは数学を専門としている方々で
あり、固有技術である情報(工)学を専門としている方々では
ないのすよ!

 こうした現状にあって、ある種の固有技術を専門とする学科
の学生に対し、それら固有技術と並立する立場としての統計学、
両輪としての統計学を教育することには相当な困難が伴うこと
は明らかです。すなわち、統計学の魅力をユーザーである学生
たちに理解してもらうためには、「基礎から学ぶ統計学」では
なく、「頂上を覗き見る統計学」の観点に立った教育が必要と
されるかもしれませんが、これには相当な困難があるように思
いま。

 私はその原因の一つが、私(たち)の固有技術に対する理解
不足があると思われます。現に、情報(工)学を専門とする研
究者の多くは、彼らの実験研究推進過程において統計学を道具
として活用し、完全ではないにしても統計学を知っているが、
その逆としての私(たち)の知識は充分でないのではないので
すから。

 ところで、ユーザーである学生や教授の方々に魅力的なのは、
かれらのニーズに合致した統計学教育であることは論を待たな
いでしょう。そこでの問題は、彼らのニーズが大学入学時の「
進級のための単位認定の容易性という不純なニーズ」、専門課
程になってからは、「卒業研究論文作成に役立つこと」であり、
大学院進学によって再び「単位認定の容易性」という不純なニ
ーズに逆戻りし、社会に巣立ってからは、「自らに課せられた
課題解決に寄与すること」であるというように、時間と共に変
化していることではないでしょうか。 
 
 その中で、統計学の基礎理論を彼らに魅力的な方法でどのよ
うに教育するかに答えることの困難さは計り知れないものがあ
りますね。統計学の有用性については論文で指摘されたような
幾つかの方法が考えられるのですが・・・。

2. 共同研究について

 応用研究者との共同研究が重要であることは論を待たない事
実でありますが、応用研究者の訪問を待っていてはダメなので
あり、彼らの専門学会や研究会に参加し、かれらがどのような
問題に直面し、その問題が統計学にどのような問題を投げかけ
ているかを嗅覚するどく嗅ぎ分けることが必要である、という
点が本質的なのではないでしょうか? この点、従来の統計学
者には反省すべき点があるのではないでしょうか?

 応用研究者を固有技術者と考えることが許されるならば、統
計学が彼らに魅力的か否かは、統計学が彼らの固有技術(スキ
ル)向上や新知見の発見に貢献するか否かであるといっても過
言ではないと思います。いわゆる、新しい知見の発見に貢献す
るかどうかではないでしょうか?
 この観点から、狩野さんの指摘する”有意な”共同研究推進
論には賛同しながらも、固有技術を理解していない者が、共同
研究者になり得るまでのプロセスの困難さを考えるとき、気の
遠くなるのを憶えるのは私だけでしょうか?

 「データの魅力」を語るためには固有技術に対する知識が必
須なのであり、その知識獲得のために払うべき努力が重要であ
ることになります。この点で、企業の経営トップが「品質保証
部門の責任者には、品質管理関連の出身者ではなく、固有技術
の分野からの出身者が適任である」と語ることに偽りがなく、
これを克服することこそが重要なのではないでしょうか?

 その意味で、”有意な”共同研究の推進のためには、
「奴隷」としての共同研究者
→
「協力者」としての共同研究者
→
「仲間」としての共同研究者

のステップを甘んじて受け入れることが必要なように思います。
そうでない限り、問題解決の初期段階からの共同研究への統計
学者の参画は望めないのではないでしょうか?

3. まとめ
 以上、勝手なことを述べましたが、日頃から大学で”品質”を
教育することの困難さに直面する立場から、論文の指摘軸への感
想を述べました。

 教育に対する具体的方策があるわけではないのですが、少な
くとも「頂上を垣間見る教育」、「実務や生活感と重なる教育」
が必要である中で基礎理論を軽視しない教育のあり方を模索して
いるのが現状であり、論文において重要な提言がなされており、
指摘の鋭さに敬服する次第です。
 最後に、コンサルティングではなく、共同研究という論点につ
いて、一言述べれば、現実の問題解決のコンサルティングから得
ることのできる統計学のモデル構築や方法論構築への可能性は非
常に大きいといえます。しかし、最近の各種省庁で議論されはじ
めたような共同研究は、立命館大学が実施するように固有技術分
野におけるものが中心であり、統計学などのゼロ次学(境界学)
に関するものでないことに見られるように、その道は極めて険し
いものがあるといえましょう。真のコンサルティングのためには、
計画段階からの参画が必須であり、”仲間”との認識が得られな
い限り、その道は果てしなく遠いように思います。(心理学の分
野では違うのかもしれませんが・・・)
 
-- 
猪原正守(大阪電気通信大学情報工学部情報工学科)
郵便 572-8530 大阪府寝屋川市初町18-8
電話 0720(20)9000  FAX 0720(20)9017


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